モヤモヤを抱えて今日も生きる。

とかくこの世は生きにくい。日々モヤモヤを抱えて生きています。モヤモヤジャンルは本・子育て・教育・映画・ニュース・社会などです。あなたに響けば幸いです。

「犬が飼いたい!」と子どもが言い出したらどうしますか?

犬などの小動物が家庭にいると、雰囲気が和んでなんともいいものです。

 

気分が癒やされると感じている人は多いことでしょう。

 

SNSなどではペットのかわいらしい仕草がアップされていて人気です。

 

子どもが「犬が飼いたい!」と言い出すのもごく自然です。

 

さぁ、ここからが問題です。

 

すぐペットショップへゴーというのが多くの人の考えるところでしょう。

 

日本では犬を手に入れる場合、56.2%がペットショップで購入しているという調査結果があります。(ペットフード協会)

 

でもね、命あるものがお店で売られているというのも複雑です。

 

しかも、ショーケースには値段が貼ってあって、中には「売り出し中」や「値下げ―円Off」などの文句も。

 

子どもと品定めをするのも気が引けてしまいます。

 

2024年から犬猫のペットショップでの販売が禁止になるとのニュースがありました。

 

フランスの話です。

 

日本でもいずれ同じようになるかもしれませんね。

 

先日、保護犬を引き取って育てている方とお話をしました。

 

ペットを巡る状況は日本でも問題アリアリだなぁって感じました。

 

もし、子どもが「ペットを飼いたい!」と言い出したら、それを機会にたくさん話がしたいです。

 

犬の保護施設を訪問したり、ブリーダーさんのお話を聞きに行ったり・・・。

 

もしかしたら、つらい現実を突きつけられるかもしれませんが、学びは多いと思います。

日本の子どもたちもこんなに学んでいるのかな?

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー (新潮文庫)』を読んで思いました。

 

どうしてこんなに学びがあるんだろうか。

 

息子が素直で聡明だからだろうか?

 

母親が「ぶっ飛び母ちゃん」だからだろうか?

 

母と息子の日常会話にインスパイアされるのは、舞台がイギリスだからなのだろうか?

 

たしかに、いじめもレイシズムも喧嘩もある「元底辺中学校」だ。

 

著者自身も言っている―「正直、中学生の日常を書き綴ることが、こんなに面白くなるとは考えたこともなかった。」

 

読んでいておもしろいんですよね。学びがあるんです。

 

It takes a village.  という英国の人々が子育てについてよく使う言葉が文中に出てきます。

 

これは、「子どもは村全体で育てるものだ」という意味だそう。

 

「うちの息子を育てているのも親や学校の先生だけじゃない。こうやって周囲のいろいろな人々から彼は育てられてきたのである。」と著者が語っている場面があります。

 

これだと思います。日本になくて英国にあるもの。

 

日本で、子どもが学校で学んだことを親に話したくなるだろうか?

 

日本で、子どもたちが社会の矛盾に直面し抱いた疑問を親にぶつけるだろうか?

 

日本では学校での学びが生きるための学びになっていないし、子どもが社会と関わるチャンスが極端に少ないのではないですか?

 

こんなふうに言ってしまったら言い過ぎでしょうか。

 

ともに悩み毎日を乗り越えていく親子の姿を見て、自分の国の教育や社会を考えずにはいられません。

 

この本だけからすべてを語るようなことは危険ですが、考える価値はありそうです。

 

 

夫の相づちにイライラしませんか?

朝日新聞の「悩みのるつぼ」という人生相談コーナーをご存じですか。

 

先週の土曜日にこんな相談が寄せられました。

 

「夫の何気ない一言にイライラして仕方がありません」というものです。

 

上野千鶴子さんの回答は明快でした。

 

男の人の口癖は「だから・・・」「そうだよ」が多いようです。

 

これにはマンスプレイニングという言葉がついているとか。

 

女の人に対して男性は優位に立ちたいという心理から、このような行動が多いそうです。

 

「ボクはなんでも知っている」「わからないだろうから説明してあげる」

 

簡単に言ってしまえば、上から目線ですね。

 

これに対して、「さ・し・す・せ・そ」で対応している女の人もいるようです。

 

「さすが・しらなかった・すご~い・センスいいですね・そうなんですか」

 

上から目線の男とそれを軽くあしらう女性のカップルならうまく治まるようですが、これじゃ健全なカップルとは言えませんよね。

 

対等で健全な関係を築きたいなら上野千鶴子先生のアドバイスを実践した方が良さそうです。

 

人を好きになる気持ちがわからない

「私にとって恋愛とは、最近になってから発見した、自分の心に建つ家の隠し部屋みたいなものだった。その部屋は二階の奥にあり、壁だと思っていた部分が実は戸で、押すと開く。中には入れたけど、暗くて見えないから、手探りで照明のスイッチを押す。壁に手をすべらせて、探して、探して、見つからなくて。」

オーラの発表会 (集英社文芸単行本)より抜粋』

 

小説『オーラの発表会 (集英社文芸単行本)』の主人公が恋愛を説明するセリフです。

 

主人公は大学一年生の海松子(ミルコ) 。

 

海松子はいわゆる「不思議ちゃん」ですね。しゃべり方からして普通じゃない。

 

これ、映像で見たいですね。誰が海松子を演じるのか想像すると楽しいです。

 

この雰囲気をちゃんと演じる俳優を探してほしいな。

 

大学入学とともに一人暮らしを親から勧められる主人公。

 

進学先が家の最寄り駅から4駅、急行だったら1駅の近さなのにおかしいでしょ。

 

しかも、マンションの手配はすべて親がおぜん立てしているって普通じゃないでしょ。

 

読み始めは海松子のキャラがイマイチつかめなかったのですが、途中からはまりました。

 

「人を好きになる気持ちがわからない」

 

う~む、不器用?

 

なんか、サラってしている感じで、しかし、読後には確実に残るものがあるって感じです。

 

綿矢りさってこんな感じなのでしたっけ?

 

金原ひとみ芥川賞をダブル受賞した印象は強烈に残っています。

 

蹴りたい背中 (河出文庫)』を読んで以来、読んでなかったからなぁ。

 

デビュー20周年だそうです。

 

 

 

自分がとっても小さく見えてどうしようもない夜に

大谷翔平選手はスゴイよね。

 

MVP賞を獲得したとかで、今、賞賛の的です。

 

がんばった人が褒めたたえられるのは至極まともな社会です。

 

だからこそ、みんな頑張って後に続こうとする。

 

これは健全な社会だと思います。

 

でもね、なんだか自分だけ取り残されているような気分になるんです。

 

こんな自分はダメだと思う、がんばった人を素直に認められないなんて。

 

きれいな人が「美しすぎる・・・」とか、かっこいい人が「イケメン・・・」とか、もてはやされるのを見ると心がザワつく。

 

どんどん自分が醜く思えてくる。

 

こんなふうに思うのは自分だけ。

 

一度負のスパイラルにはまったらもうダメです。

 

落ちるところまで落ちそう。

 

この本『たいせつなきみ』はそんな自分の支えになります。

 

ダメじるしシールばかり貼られたパンチネロは自分です。

 

 

「権利ばかりを主張するオトナになったら・・・」と心配する大人

権利を主張する子どもを嫌う大人は結構たくさんいるようです。

 

「権利を主張するなら義務を果たしてからにしろ!」と言った大人もいました。

 

こんなことを大人に言われたら子どもは黙ってしまいます。

 

でもちょっと待ってください。もっともらしいことを言って子どもを委縮させてはいけませんよ。

 

そもそも、「権利を主張するなら義務を果たしてからにしろ」というのは道理が通っているのでしょうか。

 

権利と義務はセットではありませんし、ましてや義務が権利より優先されるものでもありません。

 

権利と義務は別物です。

 

自分の権利は他の人の権利とぶつかるのです。

 

たとえば、人を殺す権利があると主張する人がいても、この権利は他の人の生きる権利を侵害するから認めるわけにはいきません。

 

「権利ばかりを主張すると社会がメチャクチャになる」という心配は杞憂です。

 

こういうことをこそ子どもに教えるべきであって、道理が通らないことを言って子どもを黙らせてはいけません。

 

それにしても、子どもに権利を教えることに二の足を踏む大人が多いのはどうしてなのでしょう。

子育ては「自分育て」か「生き直し」か

人は人間に生まれない、人間になるのだ。

 

こんな言い方はないかもしれないけど、人間になるのは結構難しいことだと感じます。

 

動物が生まれて栄養を取り入れてやがて成体になるように、人間も大人になれるか?と言ったら、そんなに簡単ではないような気がします。

 

あなたを愛しているつもりで、私は――。娘は発達障害でした』を読んで改めてこんなことを考えてしまいました。

 

主人公の夕子は発達障害が疑われる七緒の母親です。

 

夫はいるが、夕子とは子育てのスタンスがちょっと違う。夕子は「自分がしっかりしなければ」と七緒のことを一人で抱え込んでしまう。

 

そしてどんどん追い詰められて、終盤には自分自身の育てられ方がフラッシュバックする。

 

子育ては「自分育て」だとも思います。あるいは「生き直し」かな。

 

子どもを育てているうちに自分の育てられ方や自分自身の親との関係が影を落とします。

 

子どもが健康で精神的にもすくすく育つなら問題ないのですが、そんなことは至極希で概して子育てはトラブル続きです。

 

ましてや、子どもが発達障害を抱えていたりしたら尚更です。

 

小説で読んでいてもきついのだから、実際に自分の身に起こったらと思うと・・・

 

やっぱりここでも見えるのは、親が良かれと思って子どもをいじくりまわしてしまうこと。

 

「よく導きたいと思うあまりに、何より大切な目の前の我が子の気持ちが見えなくなっている。愛しているつもりで、よかれと思って、相手の幸せを願って・・・自分の思いに囚われて目を塞ぎ、親は子とすれ違う。」(本文より抜粋)

 

結末がどうなるかはネタバレなので書けませんが、希望はあります。