モヤモヤを抱えて今日も生きる。

どこのウマの骨かわからないワタシですが日々モヤモヤを抱えて生きています。モヤモヤジャンルは本・子育て・教育・映画・ニュース・社会などです。あなたに響けば幸いです。

サンタはいるの?と訊かれたら・・・

そして、「サンタはいるの?」とワタシがと訊かれたら何と答えるか?なのですが、


ワタシの答えは、「サンタはいると思う」です。


子どもの夢を壊したくないとかなんとかではありません。


子どもを授かって「サンタがいるのか?いないのか?」初めて真剣に考えました。


何でも理詰めで考えないと気が済まない質ですからたいへんでした。


そして至った結論は、信じることだということです。


本気で「いる」と信じられるか。


嘘をついているようで後ろめたくなるなら、「サンタはいる」なんて言わない方がいいですよね。


夢を語るなら本気じゃないとダメです。


「サンタはいる」と本気で信じられないなら、いい加減なことは言わないことです。

 

ましてや、それを使って「よい子にしていないと、サンタさんは来ないよ」なんて具合に躾に使わないでほしい。


自分のやってることをちゃんと考えないと。


子どもに恥ずかしくない生き方を大人がしなくちゃ、です。


五味太郎さんも言っています――


「サンタ問題って結局、大人の問題だと思うな。」


同感です。


考えている過程で出会ったのが、ある新聞記事です。

 

ここに書かれていることに大きく共感しました。


真剣に考えている大人がいることに心底うれしく思いました。

 

著作権フリーなので全文読めます)

www.aozora.gr.jp

本にもなってます。贈り物にいいかもしれません。

 

 

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子どもを教え導こうなんて思ってない?

前記事で「ウサギとカメ」の話を書いたのは、朝日新聞のこちらの記事を読んだからです。

 

(HUGSTA Journal)「サンタはいるの?」答えなんてない 五味太郎さんに聞く:朝日新聞デジタル

 

「クリスマスになってサンタさんが来るという話を子どもにするときに、何となくうそをついている気がしてしまいまして・・・。」

 

こんなふうに質問してくる記者に五味太郎さんはどんなふうに答えたのか?

 

「自分の子には『うまいことを言ってやろう』とか思ってない?」

 

「『いるよ』って答えてもいい。『わかんないよね』って共有しちゃってもいい。混乱した方がいい。」

 

「親が心からの本音をしゃべるのは、親の責任だと思うけどな。」

 

まったくその通り、同感です。

 

マニュアル本に頼るなって、五味さんは語っています。

 

「子どもは子どもなりの精神活動をずーっとやっている。子どもをちゃんと、見てみてよ。」

 

五味さんに勢いを借りて言ってしまえば、

 

だいたい、子どもの成長に大人の方がついて行けてないですよね。

 

自分のことをすっかり成長して既に完成していると思っている大人が多い。

 

子どもにバカにされないように、ちゃんとしたところを見せようとする。

 

子どもを教え導こうなんて思っていると足元をすくわれます。

 

子どもは大人のことをじっと見ています。

 

そして、「この大人はダメだ」って見抜く力も持ってます。

 

子どもを侮ることなかれ、です。

 

 

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「ウサギとカメ」から学んだこと

「ウサギとカメ」のお話はご存知だと思います。

 

歩くのが遅いカメをウサギがからかったので、カメが「僕だって本気を出せばウサギさんに負けない」と反論します。

 

「それじゃ、勝負しよう」ということになり、お山のてっぺんまで駆け比べをするというお話しですね。

 

スタート直後からウサギが快調なペースでカメを引き離して余裕なレース展開です。

 

カメはマイペースでゆっくりゆっくりお山を登っていきます。

 

ウサギはあまりの大差に余裕しゃくしゃくで途中で一休み、眠り込んでしまいます。

 

カメは一歩一歩進むうちにとうとう眠っているウサギに追いつき、「ラッキー!」と追い越してそのままゴールとなるわけです。

 

諸説あるとしても、お話しの顛末はこんな感じです。

 

さて、子どもだったあなたはここからどんなメッセージを受け取りましたか。

 

ただ「面白かった」で終わってないですよね。何かしらの教育的なメッセージを受け取っているのだと思います。

 

そのメッセージとは「コツコツ努力する者が最後には勝つ」というものではないですか。

 

ワタシもこれを疑わない子どもでした。

 

ずっと後になってから仕事仲間に言われました――

 

「カメにフェアプレイ精神があったら黙って横を通り過ぎたりしないだろう!」

 

軽くショックでした。

 

 

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あなたにとって理想の学校ってどんなの?

ある人から、こんなことを訊かれました。

 

そのときは適当に答えてしまったのですが、それ以来ずっと考えています。

 

理想の学校ってどんなところだろう?

 

これって案外難しいです。

 

今の学校は誰のものだかわからなくなっているような気がします。

 

表向きは、生徒や児童のためにあるということになっていると思いますが、

 

とてもとても、生徒や児童のためとは言えないです。

 

むしろ、先生のためにあると考えた方が合点がいきます。

 

そうは言っても先生だってお客様みたいなもの。

 

生徒・児童も先生もみんなみんなお客様です。

 

学校という場所を条件付きで貸してもらっている感じです。

 

だから、おもしろくないのです。

 

自分たちのためにあるのだったら、もっともっと工夫をしておもしろい場所にできるはず。

 

生徒・児童が入学する時は、がんじがらめに決められた規則に従うことが条件になっているでしょ。

 

その中に入れてもらいますって感じです。「言うことをききます」って言わなければ入れてもらえませんから。

 

その規則を決めてる先生だって何かに縛られていて自由にやれていない感じで楽しそうじゃないですよ。

 

学校って本来もっと楽しいはずで、ワクワクすることがいっぱいある場所じゃないのかなって思うのですが、どうなのでしょう?

 

 

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「あなたのためを思って・・・」は誰のため?

「あなたのためを思って言ってるのよ」「君のためを思って言ってるんだ」

 

これ、言われた方はどんな気分になりますかね?

 

素直に、「ありがとうございます」とはならないですよね。

 

なんか、恩着せがましいし、上から目線を感じます。

 

言っている方は気持ちが良いのかもしれません。

 

こういう言い方はしないようにしようと思います。

 

受け取る方が「自分のことを思って言ってくれたんだぁ」と思ってくれる場合はよいですが。

 

それにしても、声をかける方が言うようなことじゃないと思います。

 

「あなたのため・・・」「君のため・・・」といいながら自己満足でしょ。

 

大概、「ありがとう」と素直に受け取ってもらえないときに追加して使うフレーズですから。

 

「こんなにあなた(君)のことを思っているのにわからないの?」が言外にありますよね。

 

こんなことを言ってくる人は、たいてい自分のことが一番大事です。

 

付き合ってると、ろくなことがありません。

 

親、配偶者、彼氏彼女、会社の上司、友達・・・、こんな物言いをする人が近くにいたら注意した方が良さそうです。

 

 

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ただ教えるのではダメだと思う

今朝の出来事、さほど広くはない片側一車線の道路です。

 

独立した歩道はなく白線でお印ほどの歩行者区分が確保されているだけの道です。

 

ゆるやかなカーブがあり、両側には民家があるので見通しはそれほど利かない。

 

自動車を走らせていると急に自転車が現れた、感覚的にはすぐ目の前です。

 

道路の右側を前傾姿勢で必死に漕いでいる高校生ふうです。

 

ワタシの車の左側を猛スピードですれ違っていきました。あぶない。

 

「自転車は左側通行」という交通法規が理にかなっていることを実感しました。

 

当の高校生はどうなのでしょう? 怖いとも思わないのか?気になりました。

 

「規則だから守れ!」と言っているのではなく、「あぶないから」です。

 

子どもには考えさせることが大事です。

 

交通ルールを教えるにしても工夫が必要です。

 

子どもには「運転席からあなたはどう見えているか」を示すことが役立つでしょう。

 

そんな場面をたくさん見せれば、どうすれば良いか自分で考えるようになりますよ。

 

以前ある学校の3階の廊下の窓ガラスに貼り紙を見つけました。

 

そこには、「考えてもみろ!3階だぞ!」

 

聞くところによると、窓の外に30センチばかりの庇があって以前そこに座っている生徒がいたとか。

 

いろいろ考えちゃいました。忘れられない貼り紙です。

 

 

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子どもの小遣い、どうしてますか?

子どもが学校に行く頃から気になってくるのが小遣いです。

 

親仲間でも話題になったりしますよね。

 

今は便利な世の中なので、ネットの検索窓に「こども こづかい」と入れれば、すぐさま「相場」が出てきます。

 

でも、ちょっと待ってください。

 

金額や与え方を考える前に、そもそも小遣いって何なのかを考えたいです。

 

小遣いは与えなくてはならないもの、と決まっているわけではありません。

 

子どもに、安易にお金をあげたり持たせたりするのは良いこととは限りません。

 

アメリカなどでは、何か家庭内の仕事をしてお金をもらう、というのを聞いたことがあります。

 

労働の対価としての報酬という考え方だと思います。

 

ワタシは、使い道を親に説明しなくてもよい所持金が「お小遣い」だと考えます。

 

だから、子どもから要求があるまで小遣いを与えるつもりはありませんでした。

 

子どもには、こんなふうに話していました。

 

「親はあなたを世話する責任があるので必要なものは買ってあげます。欲しいものがあったら言ってください。こちらが必要だと納得したら買ってあげます。」

 

ただ、子どもが親からある程度離れて行動ようになると、親の同意が簡単には得られないようなものが欲しくなったりするでしょう。

 

友達づきあいってものも発生するでしょうからね。

 

そんなときに困らないようにと、ある年齢から(親が見極めて)数百円の単位で定額を毎月渡していました。

 

これが親に使い道を説明しなくても良い所持金です。

 

すぐに使ってしまっても良いし、使わないで貯めておくのもオッケーです。

 

こんなところから、お金の管理も学んでほしいと思っていました。