高校生に訊いてみました、「ダイバーシティ」って知ってますか?
返ってきた答えは・・・「潜る人が集まってる街ですか?」
「そうだよねぇ~」
やっぱりこの国には多様な社会が根付くのは難しいのかも。
「多様な社会はなぜ難しいか 日本の「ダイバーシティ進化論」」という本を読みました。
「日本でダイバーシティは難しい」、というのが最初の話題です。
最近、あっちこちでよく聞くようになりましたが、果たしてこの言葉は日本語として根付くのでしょうか。
ダイバーシティを日本語に訳せば「多様性」というところでしょうか。
でも、ダイバーシティと多様性はちょっと温度差があるような気もします。
カタカナは外国の文化を取り入れるのに便利な言葉ですねぇ。
とりあえず、カタカナで取り入れてしまうってことができます。
これが日本に完全に根付いた例はいくつもあります。
バイトなんていい例ですね。
「今日はこれからバイトなんだ!」と高校生が言っています。
このバイトという言葉なんか、日本語で表す方が難しいですよね。
もともとはドイツ語のアルバイトで、「労働」って意味ですよね。
でも、バイトはバイトで完全に日本語です。
ここまでくれば言葉もその概念も私たちの血肉になってると言えます。
では、ダイバーシティはどうなっていくんでしょうかね。
先述の本の著者・水無田気流さんは、こういう言葉を「黒船語」と呼びます。
「ガイアツないしはそれに準ずるかたちで日本社会に導入され、適応が望ましいとされているものの、多くの一般庶民には日本語の身体感覚的にまだ馴染んでいない言葉」を意味する水無田さんの造語です。
「ダイバーシティは、今なお日本では異文化だ。おそらく、この国の多くの人が、取り入れるのが望ましいけれども、日常的には馴染まないと、思っている」
「『異文化』を受容するかに見えて、その実『根づかせない』」
これが、私たちが生きている日本という国なのか。
生きにくさを感じるのも無理ないか。