今のご時世に「戦争はいけない。」と言い切れる人はどれだけいるのでしょうか。
ロシアのウクライナ侵攻以来、好戦的な人(こんな人はいないと信じたいが)はもちろん、
普段は非戦論者まで、「戦争はいけないが・・・」と話すのを聞くことが多くなった。
「戦争はいけないが」の後に続く「・・・」にはこんな言葉が入ることが多い。
「他の国が攻めて来たら黙ってやられろというのか?」
「殴られている友人をただ見ているだけなのか?」
「防衛費は増やすべきだ!」
「憲法9条は改正すべきだ!」
そしてこの場合、話している人の主眼はこちらの方にあり、前半の「戦争はいけない」の方はただの前置きのようなものになってしまう。
こんな激しい言葉が飛び交っている中では、
「やっぱり、戦争はいけない。」と言い切れる自信が揺らいでしまいます。
このご時世に、「戦争はいけない。」なんて口にしたら、
「お前はどこまでお子ちゃまなんだ!」とか言われそうです。
5月18日付の朝日新聞「多事奏論」に高橋純子編集委員の記事がありました。
この人が、「『戦争はいけない。』まずはそう言い切ること。」と書いています。
こんなふうに考える人が新聞記者を今まで続けていたのは大変だったろうと推察します。
現に「この世に生まれて半世紀、鼻で笑われた経験は星の数ほどある」と言います。
それでも、「『戦争はいけない。』まずはそう言い切ること。小さな『。』の上にかじりついてでも考え抜くことができるか否か。そこがいま、問われていると思う。」と。
高橋編集委員の言葉に勇気をもらいました。
ワタシも「愚鈍な臆病者」と言われてもかまいません。
「そんな臆病者として生きたい。」と言える人でいたいです。
子どもに戦禍を被らせたくないですからね。
参考にした記事はこちら↓