北京オリンピックが絶賛開催中です。
そんな中で気になったのが、「美人」「綺麗」「可愛い」というような、容姿を賛辞する表現です。
開会式では、「ウクライナの旗手、美人」なんていうのもありました。
一部では、こういう表現の仕方に批判もあるようなのですが、
スポーツ新聞などでは、女性のアスリートに「美しすぎる・・・」とか「美人・・・」などがつけられるものも、まだまだ見かけます。
さらに、ネットの中にはいろんなコメントがあるようで、
つい最近も観客席で観戦していたあるメダリストについて、
「美人になってる」とか「マジでキレイ」とか「可愛い」「美しすぎて」などが紹介されていました。
感じ方や表現の仕方は人それぞれですから、別に文句とかがあるわけではありません。
ただ、何も感じないわけではなくて、モヤモヤしているのは事実です。
こういうことはルッキズムとか見た目至上主義とか言われて、
外見だけで人を判断し差別や偏見につながる、という批判もあります。
そういうこともあるのかもしれません、だからワタシは使わないようにしています。
聞いても見ても気持ちがザワザワします。
近しい間柄の人には意識して使わないようにしてきました。
特に年齢の低い女の人に対しては使いたくないと思っていました。
理由は、容姿に必要以上の注目をしてほしくなかったからだと思います。
そうでなくても年頃の女性は自分の容姿が気になるでしょうから。
そこにもってきて、身近なワタシが容姿についてコメントをしてしまったら、更に意識が集中すると思ったからです。
容姿をほめれば自信になるかもしれませんが、逆にコンプレックスにつながることもあるかと思うと怖かったのだと思います。
人の中身は思いっきり褒められるのに、容姿に対しては躊躇してしまうのはどうしてなのでしょう? よくわかりません。
はっきりしているのは、人の容姿をほめることには違和感を感じるんですね。
考えても考えてもモヤモヤは解消しません。