ボクは父に叱られたことがない。
接触がなければ当然叱られるという場面もないわけだが、
決してそういうわけではない。
むしろ、身の回りの世話をしてもらうことが多かったように思う。
休みの日にはボクを連れて親戚の家に遊びに連れてってくれた。
職場にボクを連れて行ってくれたことも一度や二度ではない。
父の仕事仲間とも顔見知りになって、ずいぶんとかわいがってもらった。
シャツが出てしまうと、父がしゃがみ込んで、
ボクのズボンを引っ張り上げて、シャツをしまってくれた。
コーヒーが好きで、豆を自分で挽いて淹れていた。
サイホンでコーヒーを入れる様を初めて見たときはびっくりした。
水が入ったフラスコみたいなやつに、アルコールランプの炎を当てると、
温められた水が、お湯がサーっと吸い上げられていく。
初めて見たときの驚きは今でも忘れられない。
不思議で不思議で、何度もねだって見せてもらった。
そんなボクの様子を父はどんな気持ちで見ていたのだろうか。
父は叱ることをしなかったばかりか、
なんにも教育的なことをしてもらった記憶がない。
勉強を教えてもらった記憶もないし、
何かの価値観を伝えられたこともない。
ただ、ただボクが一緒にいることを喜んでいてくれたように思う。
ボクはそんな父のそばにいるのが心地よかった。
自分が親になって思うことだが、
どうしても、親というものは親らしいことがしたくなってしまうものだ。
子どもに何かを教え諭すということがやってみたくなる。
それが親だと思い込んでいるのかもしれない。
その点、父は立派な人間だったといえるのかもしれない。
はたまた、ただの凡人だったのか。
生きているうちに、聞いてみればよかった・・・